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楽天的アジア人ライフログ。ときどき旅人。

終戦の日に。

 

 

71年前の8月15日、日本は終戦を迎えたんですね。本当は終戦の日に投稿するべきだったのですが…お許しください。

 

集団的自衛権やら解釈改憲などと騒がれている昨今。

 

加えて、様々で多くの情報やアイディアをどこでも、いつでも、取得し共有することの出来る時代です。そんな怒濤の時代に生き、"アジア学”を専攻している者のひとりとして、私の考えを書き記しておこうと思います。

 

 

最初に、私たち日本人は戦争の被害者である以前に、加害者でもあります。状況は違えど、全ての戦争参加国は被害者であると同時に加害者であると私は考えます。しかし、現在の日本では“被害者意識"が強いように感じられます。

 

広島、長崎に原爆が投下され、日本は世界で唯一の原子爆弾による被爆国であることは確かです。8月になると、広島、長崎に原爆が落とされた日、そして終戦記念日と少し戦争について考えさせられる数日間が続きます。この時期には戦争に関するテレビ番組やドラマ、映画などが放送され、戦争でのかつての日本人の“苦しみ”や“悲しみ”を目にすることがあります。

戦争は苦しく、悲しいものです。それは間違いありません。

苦しくて悲しいから、戦争はいけません。それも間違いありません。

 

しかし、私たちが同じ過ちを繰り返さないために、知っておくべきことは、私たち日本人の"苦しみ" "悲しみ"、それだけでしょうか。

 

なぜ、いつ、どうやって、どのような…過ちを我々の先人たちが犯してしまったのかという具体的な事実、そして、その過ちが如何に他の国や地域の人を苦しめ、悲しませ、傷付けてしまったのか…他者の痛みから反省することが、現在の私たち日本人に不足している部分ではないかと考えます。

 

日本と類似した歴史を持つドイツですが、戦後は日本と異なる戦争歴史認識、教育の下、歩んできました。小、中、高と私の好きな教科のひとつであった日本の歴史の授業では、近代までを中心に、太平洋戦争などに関する記述は僅か数行にしか及ばなかったと記憶しています。日本の歴史教育は、"日本の過去を知る"という単純なことに重きを置いているように感じます。一方でドイツの学校では、現代史が広範囲に渡り、12年程続いたナチスの時代に関して60時間をかけて学習するようです。戦後から現在まで、どの様にして歩んできたかという点がドイツの歴史教育では重要視されています。日本は戦後20年で東京オリンピックを開催したものの、その20年間が歴史の授業においてハイライトされることはありません。その間の多くの事柄が、現在の日本の原点を形成し、また、今の日本と他国間の関係の基礎を構築したのではないでしょうか。そこには勿論、戦後から日本を立て直した先人たちの努力も隠れているはずです。

 

本題に戻ると、私たち日本人は自らの苦しみや悲しみばかりから戦争の悲惨さを理解しようとしています。しかし、苦しんだのも悲しんだのも日本人だけでなく、日本によって苦しめられ、悲しんだ人々がいるという事実を忘れてはなりません。私たちは、相手の気持ちを汲み取ることに長けている民族のひとつでもあります。相手の痛みから、反省し、二度と繰り返してはならない。私たち日本人はそんな風に戦争や歴史を認識することも必要です。歴史から何を学び、過ちを繰り返さないようにするか、ということが非常に重要である。…終戦から71年の今日、私は考えます。

 

 

追記 :

祖母から聞いた戦時中の話。祖母は祖母の父(つまり私の曽祖父)から聞いた話だ。

 

祖母が幼い頃、曽祖父が出兵した。祖母は涙を堪えて、国旗を振り、万歳!と叫びながら、曽祖父を見送ったという。

曽祖父は無事に帰ってきたが、曽祖父の見た戦地は惨いものだった。ある日、曽祖父はこんな光景を目にしたという。"支那"の子供たちが日本軍によって穴を掘らさせられ、その穴に自分たちの両親を突き落とさせられ、土を被せ生き埋めにし、その土を足で踏ませられていた。幼い子供に両親を殺させ、埋めた土を上から踏む…曽祖父はそんな残忍なことを目にし、本当に辛かったという。

 

祖母も曽祖父から色んな戦地の話を聞いたが、これが一番衝撃的だった為によく覚えているという。

私もこれを聞いて、本当に言葉が出なかった。こんなことは人間に出来ることなのか、戦争が人間をこうさせるのか…

 

 

 

この記事が一瞬でもいいので、もう一度、戦争がどうして悲惨なのか、なぜ起こってはならないのかを考えるきっかけになって欲しいです。

 

 

唯.